【映画批評 過去記事から】
悪人■2010年/ヴィスタサイズ/2時間19分
■制作:東宝映像制作部
監督・脚本:李相日
原作・脚本:吉田修一
撮影:笠松則通
照明:岩下和裕
編集:今井剛
音楽:久石譲
出演:妻夫木聡、深津絵里、満島ひかり、岡田将生
   樹木希林、柄本明、光石研、宮崎美子
   永山絢斗、松尾スズキ、余貴美子、塩見三省


 土木作業員の清水祐一は、恋人も友人も、これといっ
た生き甲斐もない青年。紳士服量販店に勤める馬込光代
は、アパートと職場の往復だけの退屈な毎日。孤独な魂
を抱えた2人はある時、偶然に出会って互いに惹かれ合
うが、祐一はある殺人事件の犯人だった。人を愛する喜
びに満たされた光代は祐一と共に逃避行へと向かうのだ
が…

「すなわち内部から、人の心の中から、悪い思いが出て
来る。不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、邪悪、欺き、
好色、妬み、誹り、高慢、愚痴。これらの悪はすべて内
部から出てきて、人を汚すのである。」

      (マルコの福音書 第7章21~23節)

 「悪人」には二つの解釈がある。ひとつは文字通りの
「悪行を働く者」のこと、そしてもうひとつは「ある局
面において、相対的に"悪い方"とされる者」である。心
の奥底にある「負のエネルギー=悪意」は、いつでも暴
力や殺意に容易く変質する。
 人を傷つける無意識、あるいは無自覚な「悪意」に満
ちたこの世界で、真の「悪人」は誰なのか…

 不意に起きたある一人の少女の死を巡って、人々の間
に複雑な感情の波紋が広がっていく。被害者、加害者、
容疑者、その家族・友人も、表面的な人物像とその本心
との間に様々な角度のズレがあり、そのズレた二面性の
間に生じる個人のドラマが不幸な形で出会い、折り重な
っていく。響応する感情、消えない残響、不協和音…。
 映画『悪人』は、止めどなく降る冷たい雨のような、
またあるいはじりじりと燃え続ける火のような、静謐な
る「贖罪と懺悔と憐憫」の物語である。

 全編にわたってクールな映像が、絶えず冷え冷えとし
た印象を抱かせるが、ギリギリまで粘る描写がショット
ごとの強度を生み、シーン全体をスクリーン上にくっき
りと焼き付ける。感情が沸点まで達しても、画面は容易
く弾けたりせず、一呼吸置いた瞬間、不意にイメージは
発火し、微熱だけを残して気化してしまう。刹那に灯っ
た灯のような暖かさを感じさせるショットの余韻の有り
様は、長尺の本編における「演出=編集」の力の成せる
技である。
 また本作は、カラーリングにも工夫がされているよう
に見える。画面全体を抑えたトーンでまとめる中で、光
代の「赤いコート」、祐一の「青いジャンパー」の組み
合わせは際立って印象的(祐一に至ってはさらに金髪で
ある)だ。彼らの日常が「紳士服量販店」「建築解体現
場」という、没色彩的な環境であるのも、対比として興
味深い。
 また、赤と青の2色は「動脈と静脈」のアナロジーで
もあり、「血の循環」は「生命=生きること」の意味で
あると同時に「人間の精神的な二面性」の有り様も表し
ている。そしてこの2色は「疑問符」あるいは「啓示」
として各キャラクターに何がしかの形で付随される。
 曰く、佳男の理容店の3色のサインポール(この色は
実際に「動脈と静脈と包帯」を表している)、房枝が乗
るバスの車体の側面デザイン、圭吾(岡田将生)のジャ
ケット(白地に赤と青のライン)など。
 そしてそれは、最終的に二人が行き着いた灯台から観
える海の「青」と夕陽の「赤」にブローアップされる。

 主演の二人、祐一役・妻夫木聡と光代役・深津絵里の
渾身の演技は、微かな絆を頼りにお互いを手繰り寄せな
がらも、行き止まりヘ向かって行かざるをえない危なっ
かしさと、それゆえにどうしようもなく溢れる愛しさを
「血の通った」存在として濃密に体現していて、文句無
く素晴らしい。
 そして彼らと平行してこの物語を迷走していく人々も、
映画はブレずに手厚く描き込まれている。混乱と困惑か
ら抜け出して、加害者に真正面から対峙する被害者の父
・佳男(柄本明)、自分を取り巻く見えない暴力に毅然
と立ち向かう加害者の祖母・房枝(樹木希林)。この理
不尽な世界の中で、それでも再び立ち上がる「意思」と
生きていこうとする二人の「力強さ」は、それだけで感
動的である。

 一方、劇中において、加害者でも被害者でもない鶴田
(永山絢斗)は、同時にどちらの側にも近い存在だが、
善悪のボーダーライン上でその動揺を隠せない彼の視点
は、つまるところ映画を観ている観客と同じものである。
 そしてその「視点の同化」した鶴田=観客に佳男は言
うのだ。「あなたに大切な人はいるか」と。それは同じ
レベルにおいて「その大切な人は誰なのか」という意味
にも展開されて、映画全体に鳴り響く。すでに「不在」
の存在となってしまった佳乃(満島ひかり)にも。

 灯台で追いつめられた祐一の最後の選択、事件後、お
そらく光代が手にしたであろう選択。「悪人なんですよ
ね…」という光代の一言に込められた「覚悟と決意」。
 大切な人は誰なのか。自らの意思で何かを選択すると
いうことは、まさに「生きるという意思」に他ならない。
 傲慢、嫉妬、暴食、色欲、怠惰、貪欲、憤怒… 人は
神ではないから、人の罪を簡単には赦せない。人それぞ
れが自分の罪を背負い、購いながら生きていくしかない
のだ。それが出来ない人間こそが、真の『悪人』なので
はないだろうか。

( 天動説:2010/11/05)


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