【映画批評 過去記事から】
孤高のメス■2010年/ヴィスタサイズ/126分
■制作:東映東京撮影所
監督:成島出
脚本:加藤正人 原作:大鐘稔彦
撮影:藤澤順一
編集:大畑英亮
音楽:安川午朗
出演:堤真一、夏川結衣、余貴美子、吉沢悠
   中越典子、成宮寛貴、松重豊、矢島健一
   平田満、隆大介、菜葉菜、生瀬勝久、柄本明



 地方の市民病院へ赴任してきた外科医が、患者の命を救う
ために医療の壁に立ち向かう人間ドラマ。
 ハードな社会的問題をテーマにしながら、映画本体は「ふ
らりと現れた主人公が問題(事件)を解決してまた何処かへ
去る」という西部劇に始まる活劇の定型をきっちり踏まえて
いて、テーマの表現のみに留まらず、エンターテイメント性
にも腐心して工夫を凝らしている点が素晴らしい。


 奇を衒わず、ロングショットも効果的に多用する画面は、
色調をブルートーンに調整することで、映画全体をクールで
落ち着いた雰囲気にまとめ、生っぽさを抑えている。これは
ドラマ自体が過剰に感情的になることを感覚的に避ける一方
開腹部分や内臓を大胆に見せる手術シーンでの生理的な拒否
反応を視覚的に薄める効果もあるだろうと思う。
 入念な下準備が裏打ちする、確かな演技と飽きさせない演
出構成・編集が生み出す緊張と緩和のメリハリも絶妙だ。

 本作の主人公・当麻は、漫画やドラマで描かれがちな「天
才スーパードクター」とは違う、至って「等身大」の人物。
 彼を演じる堤真一は、揺るぎない信念を持つ一方で、泰然
とした人間味溢れるキャラクターを気負わず自然体で演じて
いる。腐敗しかけた病院という困難な状況の中において、彼
は強力な「磁石」的存在であり、そこから発せられた強力な
「磁力」が周囲の人間に深く影響し、どう人が引きつけられ
あるいは反発するか、それによってどう状況が変わっていく
かが、この映画におけるドラマの観どころである。
 そして、彼と最も大きく干渉し合い、またドラマを大きく
動かしていくことになるのは、二人の女性=母親の存在。

 市民病院のナース・浪子は、はじめは抵抗感を感じながら
も、次第に彼の医療の影響を受け、仕事に対する誇りを回復
していく。彼女の複雑な心情の機微を、夏川結衣が繊細に演
じている。
 ドラマの基本ラインは、浪子の視点を軸に展開するが、こ
こで当麻との関係性に安易な恋愛要素を持ち込まず、一貫し
て職業上の関係(ある意味では師弟関係)に徹したところも
本作の秀逸な点だろう。口当たりのよい甘さで映画を観せる
のではなく、終始、本来のテーマに沿った「歯ごたえ」のあ
るドラマとして見事に描き切っている。
(恋愛感情は、市長の娘の描写の中にわずかに見い出される
が、それも全体から浮き出さないように、さりげなく巧みに
ストーリーに織り込まれていて、そつがない)
 そして浪子と同じシングルマザーで、家族ぐるみで仲の良
い隣家の小学校教師・静。ひとつの命をつなぐために重大な
決断をする彼女は、同時に当麻に運命を託すことでその心を
救済される。ひとりの母親としての愛情と苦悩を激しく内面
から放つこの難役を、余貴美子が余すところなく好演する。

 二人のそれぞれの想いが静謐な映画空間の中に凛として響
き渡ると同時に、当麻とその母のエピソード(医師としての
信念の源泉)がそれに呼応し、さらに医療の問題をはらんで
作品のテーマとも密接に絡んでいく。『孤高のメス』は、彼
ら「3つの母子のドラマ」でもある。
 そして彼らが医療の側の人々だとすれば、対する患者の側
には「父と娘」の関係(菜葉菜、柄本明、中越典子)が、あ
るいは当麻と若い医師(吉沢悠、成宮寛貴)の間においては
擬似的にではあるが「父と子」の関係性がそれぞれ描かれて
いて、その人物配置のバランスも大変優れていると思う。
(そのいずれもが「片親」なのも興味深いが、それはまた別
の機会に考えてみたい)
 
 映画最大の見せ場でもある手術シーンは、堤真一の本物の
外科医さながらの迫真の手さばきの見事さ、それに追随する
手術チームの連携作業から浮かび上がってくるリアリティ、
質の高い特殊造形の迫力、それぞれがガッチリとスクラムを
組んだ、圧倒的なテンションの高さとスリリングな面白さで
展開する。手術室での俳優陣も、マスクでほとんど目元しか
見えないが、感情表現がいずれも際立っていて、あやふやな
ところがない。
 じりじりと持続する緊張感と絶対的な清冽さ。過剰なケレ
ン味を加えたりすることなく、まるで実際に手術に立ち会っ
ているかのような臨場感。ただひたすら丹念に、そして崇高
に描かれる、息詰まるようなクライマックス。
 当麻が「外科医の仕事は地道な作業の繰り返し」と語った
ように、この映画もまた誠実にひとつひとつのショットを大
事に撮り、シーンを紡いでいくことで完成されている。

 「孤高」を貫くことで、つながる心。諦めずに信じる心が
つなぐ命。世代を越えてつながっていく絆。「接続」する意
思と「切断」しようとする意思との対立。つながった血管に
血が通うように人の気持ちも通い出す。そしてまた我々も、
この映画を観ることを通して浪子の日記を読み、共感してき
た。スクリーンの内と外という時空を突き抜けて、登場人物
たちと我々もまたひとつにつながっていると言えるのではな
いか。本作は「つながる」ことの意味を、観る者に問いかけ
続ける映画である。
 澄明な光のような幸福感に満たされたラストシーンが胸に
沁み入る。
       
(2010.6.9 天動説:映画批評)


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