【映画批評 過去記事から】
空気人形■2009年/アメリカンビスタ/116分
監督・脚本・編集:是枝裕和
原作:業田良家
撮影:李屏賓
美術監督:種田陽平 美術:金子宙生
照明:尾下栄治
音楽:world's end girlfriend
出演:ペ・ドゥナ、ARATA、板尾創路、高橋昌也
   余貴美子、岩松了、星野真里、丸山智己
   柄本佑、奈良木未羽、寺島進、オダギリジョー
   富司純子


※ストーリーの核心に触れる箇所があります

 この世に起こったとされる奇跡が、神の仕業だとするなら
ば、良くも悪くも神とは「気まぐれ」なものである。
 ある日突然、一体のラブドールに「心」が宿り、物思う1
人の女の子になる。「彼女」が見聞きするこの世界と、そこ
に生きる人間たちの姿。本のページをめくるように静かに、
その物語は始まる。

 人形が命を持って動き出す、というのが作劇上の最大のギ
ミックだが、本作ではデジタルに頼らず、オーソドックスな
特撮技法を駆使して巧みにこれを表現している。その画は独
特の暖かみと神秘性をたたえていて、この映画に相応しいも
のだが、さらにこれを映像として完璧なものにしているのは
言うまでもなくペ・ドゥナの存在である。

 「心」が呼び起こす様々な感情に翻弄される人形という難
役を見事に演じ切るペ・ドゥナは、圧倒的なまでに魅力的で
とにかく素晴らしい。「彼女」の行く先々での言動の面白さ
=楽しさの表現は、まさに彼女の独擅場であり、その表情の
豊かさ、時折みせる人形ぶりの見事さ、後半に行くに従って
次第に人間らしさを強めていく変化(子供から大人への成長
という要素も重なっている)の中、キュートな魅力がさらに
連鎖的に膨らんでいく様は非常に眩惑的で、ある意味スリリ
ングでさえある。彼女の存在を抜きにして本作を語ることは
到底不可能だろう。

 彼女とその世界を捉える映像、本作ではそのワンショット
ワンシーンの画面の秀麗さも驚嘆すべき部分で、ゆったりと
移動する独特なカメラのスピード感や、そこに映し出される
静謐な空気感、人物を捉える誠実な距離感など、「ウォータ
ーフロントの小さな郊外の町」という具体的な風景を、心象
風景としてくっきりとしたエッジで描き出してみせる厳かな
カメラワーク」は極めて秀逸だ。

 冒頭のタイトルショット。心を持ったばかりの「彼女」が
窓辺に立っている。カメラはアパートの建物ごとその場所を
俯瞰のロングショットで捉える。このアングルが持つ際立っ
た客観性は、ある種の「神の視点」ともいうべきものを意識
させる。何故なら、その後のシーン、例えば「彼女」が1人
で町を散策して何事もなく戻ってきたり、ビデオ店で何の問
題もなくバイトを始めたり、街で普通に買い物したり…等々
「非日常的」なものが「日常的」なこととして難なく描写さ
れることからも明白なように、本作が「寓話性」を持った物
語、一種の「神話」として語られているからである。

 本作における「寓話性」は「人形=空虚(中身のない)、
代用」という象徴としてのキーアイテムがはっきりとした形
で画面に散りばめられるところにも顕著で、例えば、映画、
レンタルDVD、部屋に吊るされたビニールの天体、カラフ
ルな空き瓶、少女が持つ人形、おもちゃの指輪など、枚挙に
暇がないし、登場する人物たちもまた同様に、心の「空虚」
感と「自己の存在価値」という問題を抱えているという意味
できわめて象徴的である。

 「彼女」は心を持つことは苦しいこと、と言う。この世で
空っぽの心を満たしてくれるものとはなんだろうか。「心を
持っている」ってことはどういうことなのだろうか。
 物語はそのテーマを基軸として「彼女」の恋模様をコミカ
ルな味わいも添えつつ、美しくスケッチしてゆく。
 「満たされたい」自分と「満たしてくれるもの」との間で
揺れる微妙なニュアンス。あたかもこのまま永遠にそれが続
いていくかのように思われたが…。

 しかし、想いを寄せる人を見つめながら、うきうきとして
日々を過ごす一方で、心を持ったがゆえに人としての苦しみ
も抱くようになった「彼女」は次第にその居場所を失くして
いく。自己否定的な状況に追いこまれた「彼女」は、自身の
生みの親である人形師のもとを訪ねる。
 この世と隔絶したような、どこか「神殿」にも似た人形工
房で、自分の出自を目の当たりにした「彼女」は美しい世界
に触れたことや人を愛したことを思い返し、「心を持ったこ
と」をハッキリと自覚する。(「彼女」を優しく迎える人形
師役・オダギリジョーの超然とした佇まいが素晴らしい)
 別れの挨拶を交わす情感あふれるシーンが印象的である。

 愛した人とのひと時の邂逅(空気を吹き込む、という愛情
表現が放つ秀逸な官能性)、そしてその想いがすれ違ってい
く切なさ。しかしゴミ置き場の中でかりそめの「母親」とな
って静かに横たわるその姿に悲壮感はなく、幻の中にかいま
見る幸せの光景への想いが、一息の風に乗って、世界にその
「心の種」を広げてゆく。

 ラストシーン。過食症の少女(それまで点描された町の人
々の中で、唯一「彼女」が実際に接触していなかった人物)
が、ふいにその閉じた世界から一歩抜け出す。ゴミに埋もれ
ていたその姿が、ゴミ置き場に横たわる「彼女」とほとんど
同一であり、続いて部屋の窓を開け放ち「きれい」とつぶや
くショットは、そのまま映画冒頭の「彼女」ともぴったりシ
ンクロする。ハッピーバースデイ。物語は再びここから始ま
るのだ。そして、神話は永遠に語り継がれていく。

 眠る「彼女」を俯瞰で捉えられたラストショットが「在ら
ざる神の視線」などではなく、1人の少女の「心の視線」で
あることは、何とハッピーエンドであることだろうか。
 「神」いう名のものが如何なる存在であろうとも、「心」
だけは「我々自身」のものなのだから。
                     
(2010.4.10 天動説:映画批評)


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