【映画批評 過去記事から】
ヴィヨンの妻■2009年/ヴィスタサイズ/114分
■制作プロダクション:フィルムメイカーズ
監督:根岸吉太郎
脚本:田中陽造 原作:太宰治
撮影:柴主高秀
美術監督:種田陽平
照明:長田達也
編集:川島章正
音楽:吉松隆
出演:松たか子、浅野忠信、妻夫木聡
   広末涼子、室井滋、伊武雅刀
   光石研、山本未來、堤真一


 戦後、未だ混乱期の東京。放蕩者の小説家・大谷が踏み倒
した酒代と手を付けた大金を返すため、妻の佐知は飲み屋・
椿屋で思いがけず働くことに。水を得た魚のように、生き生
きと働く佐知の美しさ、明るさに惹かれて、椿屋はお客でい
っぱいになる。外の世界に出てどんどん輝きを増していく佐
知だったが…
d(>_<  )Good!!(2010.03.13 蠍座)


 太宰治の作品を原作に、数編のエッセンスをまとめて構成
した文芸作品。日本映画における文芸作品というと、どうし
ても一定のイメージを持ちがちだが、本作では予想外に作品
のあちこちに喜劇的なニュアンスが横溢していて、親しみや
すいのが印象的。主要キャスト陣が押し並べて「乾いた」ニ
ュアンスを持っていることで、ドラマが陰鬱なものにならず、
一方で時代的、文芸的な香りのようなものも損なわれていな
いところが手柄である。

 冒頭シーン、大谷がこけつまろびつ自宅へ駆け込み、妻の
佐知、メインの舞台となる椿屋の夫婦と主要キャストが一気
に画面に登場する巧みな構成からして見事で、事態の唐突さ
に思わず笑い出してしまうショットの意外性にはじまり、す
べての困難な状況を、幼子のようにひょいと背負って、この
物語の重みをあたかも無化するかのような佐知の魅力によっ
て、瞬く間にこの世界に引き込まれてしまうことになる。

 窮地にあっても生きるチカラがにじみ出てくるような胆力
のある女性・佐知と、松たか子の明るい茶目っ気のあるイメ
ージがぴったりシンクロしていてとにかく素晴らしいが、登
場するどのキャラクターも輪郭がぼやけていない、くっきり
した存在感が魅力的。際限なく自堕落な大谷を演じる浅野忠
信は、通常なら感情移入がしにくい人物像を飄々と演じてい
て好演だし(彼もまた松=佐知と同じベクトルにおいて役と
シンクロしている)、出演は数シーンながら、広末涼子のシ
ョットごとの魅力(丸眼鏡、ボトルのキャップを締める手、
ゆるやかに動く背中、すれ違い際の婉然とした微笑など)も
鮮烈な印象を残す。

 映画3分の2は佐知の明るさとバイタリティが牽引する形
で、大谷が訥々と展開する自分勝手で無茶苦茶な論理や、二
人の間に巻き込まれる好青年・妻夫木聡の純朴なる狼狽ぶり、
物語に垂直に刺さってくる堤真一の異分子的なギクシャク感
など、喜劇的なニュアンスで引っ張るが、クライマックスに
至って、佐知の心の「表面張力」が破れ、感情が溢れ出して
いく時、それまでの楽しさの反動が一気に過剰なエネルギー
となって解き放たれる。列車に乗り警察へ向かい、都心の事
務所を訪ね、去ろうとする大谷を追いかける…。
 この、ラストまで一気呵成に駆け抜けるベクトル感覚、こ
こに至って「松たか子」という存在は完璧に「佐知」と同化
してしまう。彼女の瞳からこぼれ落ちる涙、唇の鮮やかな紅
色、振り絞る声、このとてつもない強度は再び佐知と大谷の
「二人の物語」をゼロ地点に巻き戻す。圧巻というか、ある
種のスペクタクルといってもいいかもしれない。

 痛みやすくて日持ちはしないけど、その果実の甘さゆえに
人々に愛される「桜桃」。どんな環境にも対応してたくまし
く健気に美しく咲く花「タンポポ」。それぞれに生きる意味
がある。生きてさえいれば、それだけでいい。生きている意
味なんか、後付けでも構わない。こんなにシンプルな真理は
他にないだろう。
 たんぽぽの花言葉は「真心の愛、愛の神託、解き難い謎」。
まさにこの映画のキーワードそのままである。
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