【映画批評 過去記事から】
こっぴどい猫>■2012年/ビスタ/130分
■制作プロダクション:DUDES=1gramix
監督・脚本・編集:今泉力哉
撮影:岩永洋
照明:長田青海
録音:宋晋瑞
音楽:松本章
出演:モト冬樹、小宮一葉、内村遥、三浦英
   小石川祐子、平井正吾、後藤ユウミ、高木珠里
   結、工藤響、今泉力哉、木村知貴、前彩子
   泉光典、青山花織

【映画公式サイト】→



 『その無垢な猫』という代表作で知られた作家の高田則
文(モト冬樹)は、妻に先立たれてから一切小説を書いて
いない。だが、後輩作家の活躍や、子供達の結婚が決まる
など、60歳の誕生日を目前に平和な日々を過ごしていた。
 そんなある日、男運が悪く、「求められると断れない」
という女の子・小夜(小宮一葉)と出会った高田は、彼女
の恋愛相談に乗るうちに、次第に心惹かれていくのだが…


"体裁とか、不謹慎とか。友情とか、家族とか。生活とか、
夢とか。社会とか、身分とか。そういう類いのものは「好
き」という気持ちの前では無力だ。"
              (『その無垢な猫』より)

 60歳間近の男に不意に訪れた恋のチャンスと、そこに
微妙にからんでもつれる幾つもの三角関係の顛末。
 映画『こっぴどい猫』は、「どうしようもない」恋と、
恋の「どうしようもなさ」を同時に描く上質な喜劇である。

 映画前半は、浮気疑惑や別れ話など、恋愛にまつわるち
ょっとリアルで、でもどこかグダグダなエピソードの数々
が描かれる。
 退屈ギリギリのところを絶妙な間合いで滑空する俳優陣
の芝居と映像的演出。映画全編にわたってどのシーンにも
流れている何がしかの「気まずい」空気、固定された画面
フレームがイメージさせる「絶対的逃亡不可」な空間性、
「重力」の不揃いな言葉のキャッチボール。
 その中で、親子ほどの年齢差のある高田と小夜、二人の
関係性と微妙な駆け引きが「大人の恋愛」的に綴られてい
く。
 いつもの軽妙な笑いの要素を排して、等身大の渋さを強
調したモト冬樹の演技が、意外なほどしっとりと落ち着い
たドラマ空間を生み出すが、やがてそれぞれの三角関係の
恋愛エピソードが少しずつ二人を取り巻くように重なり始
め、じわじわと喜劇的要素が滲み出てくる。ことさらにギ
ャグやオーバーアクションなどせずとも 彼らが真剣で真
面目であればあるほど、その行動のズレや空回りがそこは
かとない可笑しさを生み出していくのである。

 だが、ハートウォームな大人の恋愛ドラマがこのまま続
くのか…という観客の油断を、映画は大胆に裏切ってみせ
る。不意に始まる「出前の寿司を食べ始める高田」のシー
ンを皮切りに、物語は予想外の急展開を迎えることになる
のだ。
 病院のシーンで「メタフィクション的」にギュッとねじ
れた物語は、クライマックスの誕生日パーティーに至って
一気に炸裂、本音と建前が生々しく入れ替わり、その場の
空気はおろか、それまでの映画のニュアンスまでもが一変
してしまう。その凄まじい「落差」によって、連鎖的にエ
キセントリックな笑いが発生するが、切実な感情が切実な
言葉として吐き出されることで、ドラマは「見かけだけコ
メディ風」の単なるドタバタに堕すること無く、「恋愛喜
劇」から喜劇的な恋の「惨劇」へと、劇的な変貌を遂げて
いくことになるのである。
 衝撃的な展開と、唖然とする結末、「好きという気持ち
の前では無力」という言葉の意味が別の側面をもって急浮
上してくる中で、何かを悟ったかのような高田は、ただひ
たすら「言葉」を書きなぐることしかできず、観客はその
姿をただ呆然と見つめるしかない。誰も彼もがまったくも
って、恋の前では「無力」というほかない。

 『こっぴどい猫』では、そのドラマの意外性の面白さも
さることながら、映画全体のテンポとリズムを司る編集の
巧さにも留意したい。会話劇が多い前半からガラリと転調
するクライマックス、そしてその結末。緩急のバランスを
吟味したシャープな編集がなければ、とてもこの2時間強
の物語は成立しなかったはずである。そしてその編集セン
スは、この物語の結末に続けて、エンドロールという形で
意外なラストシーンをつなげてみせる。
 哀しさと切なさと痛みと皮肉に満ちていながら、それで
いてどこか甘美なイメージも漂わせるピアノの演奏。あら
ゆる意味においてもっとも「気まずい」シーンかもしれな
いが、ラストショットの戦慄的な「微笑」だけは、どうし
ようもなく記憶に残って、いっかな消えそうにないのであ
る。
(天動説:2012.9.22 札幌・蠍座)
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