【映画批評 過去記事から】
神様のカルテ2011年/ヴィスタサイズ/128分
■制作:東宝映画
監督:深川栄洋
脚本:後藤法子 原作:夏川草介
撮影:山田康介
照明:川井稔  美術:金勝浩一
編集:坂東直哉
音楽:松谷卓
出演:櫻井翔、宮崎あおい、池脇千鶴、要潤
   吉瀬美智子、岡田義徳、朝倉あき、原田泰造
   西岡徳馬、加賀まりこ、柄本 明



 美しい自然に囲まれた信州・松本。栗原一止(いちと、通
称イチ)は、24時間態勢の救急医療を実施する本庄病院に
勤務する内科医。寝る間もなく、日々の診療をこなし、プラ
イベートではどこか浮世離れした雰囲気のアパートの住人た
ちや最愛の妻・榛名(通称ハル)との穏やかな生活を送って
いる。そんなある日、彼は末期がんの一人の患者と出会うこ
とで、医師として人生の岐路に立つことに……

 病院という場所、医療という命の現場を生きるひとりの若
い医師・一止。本作は、救命医療の最前線で日夜奮闘する彼
の姿を、彼を取り巻く人々との関係性の中に描く。しかし、
医療における生と死を考えるドラマを内包しつつも、いわゆ
るシリアスな「医療もの」でもなければ、不治の病を巡る
「闘病もの」でもない。
 ありがちな「大病院と地方病院との対立」や「奇跡の手術
に挑む」といった定番のプロットに依らないストーリー構成
には、主人公と明確に対立する「敵役」的存在もなく、それ
ゆえにフィクションでありながら、シーンのそこかしこにド
キュメンタリ的なニュアンスが漂う。

 常に人物との距離感を一定に保った静謐なカメラと演出が、
生きること・死ぬこと・泣くこと・笑うこと、すべての出来
事を日常(人生)の一線上のものとして捉え、医療現場、職
場での出来事・友人関係や夫婦の暮らし等を、華美・過剰に
ドラマチックに盛り上げるのではなく、深みのあるショット
の積み重ねに、さりげないユーモアを加えてつつ、ひたすら
淡々と描き出していく。

 救急救命医療の現場が一定のリアリティを持って描かれる
一方、一止のプライベートな日常は、まるで彼が愛読する夏
目漱石の小説の中に紛れ込んだかのような「文学的」世界が
展開する。時代が半世紀以上巻き戻ったかのようなアパート
の住人たちとの共同生活の様子や、敬語で語り合う妻・ハル
との関係など、時代錯誤とも思える不思議なニュアンスは、
一見奇抜なものに見えるが、近代的でモノトーンな病院のニ
ュアンスとの対比が、映画全体にメリハリをつけている。
 映像的な面白さのためのギミックであると同時に、一止と
いう人物の「精神的な世界観」を叙情的に表現する、という
意味で面白いアプローチだと思う。

 櫻井翔演じる主人公栗・原一止は、きわめて人間くさい人
物として描写される。生真面目で堅物、見るからに変わり者
な一止だが、昼夜ひたすら働き、歩き回り、寝転がり、悩み、
考え込み、居眠りをし、食事をほおばり、疲れた時は疲れた
顔をし、泣きたい時は涙を流す、そんな彼の姿をカメラは密
着取材をするように追っていく。
 医師としての技術は高いが、けっして超人的な活躍を見せ
る訳ではなく、あくまで地道な研究と研鑽の上で誠実に医療
に従事するごく普通の青年医師。彼の自然体の「実像」がい
くつも重ね合わされることで、次第に一止という人物に親近
感が生まれていくことになる。

 物語は、彼の日常を追いつつ進行するが、3人の女性との
関係性が、大きくドラマの骨格を成している。
 作品の背骨となるのは、宮崎あおい演じる一止の妻・ハル。
 プライベート部分におけるドラマを受ける存在でありなが
ら、物語内では時に仕事で不在だったり、不意に一止の前に
現れたり、その存在には、幻想的なニュアンスが感じられて
面白い。一止の勤める病院を訪れるシーンでも、現実的空間
の中において「異質な」存在感をみせるが、それでいてナチ
ュラルさも併せ持つところは、まさに宮崎あおいの独壇場で
ある。

 一方、物語上の骨となるのは、一止を頼って病院を訪れる、
加賀まりこ演じる安曇雪乃。彼女との交流が一止を一歩成長
させることになるのだが、加賀の気負いのない繊細なニュア
ンスの演技は、病に臥せりながらも生きる希望を捨てない女
性を見事に表現していて、物語に堅固な説得力を生んでいる。

 そして見落としがちだが、劇の構造上、前述の二人以外の
部分の「隙間」を埋める役割を担うのが、一止とは同期の主
任看護師・直美を演じる池脇千鶴である。きびきびしたセリ
フまわしと凛とした立ち振る舞い、時折ふっと肩の力が抜け
る感じ等、これまでの柔らかいイメージから二歩三歩抜け出
した演技に瞠目させられる。一止とのユーモアあふれるやり
取りは再三繰り返されるが、前述のハルが来院するシーンで
は、それを布石として、実に微妙な心理表現をみせて、ドラ
マを一段奥の深いものにしている点に注目したい。

 いわゆる「ドラマチックな作劇」を切り捨てることで、本
作は「ノンフィクション風」フィクションのスタイルを貫き、
映画全体が「ある一人の青年の日々」を見せることに帰結す
る。
 「嵐」や「荒波」の猛威を描くのではなく、それらを内包
した「海」や「空」そのものを大きく捉えようとする視点。
 日常の範囲内の世界で起こりうる出来事だけでも、この世
は存外ドラマチックなのかもしれない、というごく当たり前
の観点。それらは、我々が営む「現実の日常」と「劇中の世
界」とを同一線上にさりげなくつなげてくれる。
 救えた命、救えなかった命。生死と隣り合わせの日々の中
で、「生きる」こと、「生きて行く」こと、人と人との「つ
ながり」について考える一止の姿に、知らず知らず「私たち」
の思考がシンクロしていく。
 「繰り返される毎日」を、今日も明日も彼ら(私たち)は
繰り返す。しかし、それこそが「今ここに、確かに生きてい
た」ことの証になるのである。   (2011/8/29 天動説)


にほんブログ村 映画ブログ 映画評論・レビューへ
にほんブログ村
関連記事
RSSフィード iGoogleに追加 MyYahooに追加 はてなブックマークに追加
NEXT Entry
『探偵はBARにいる』 探偵は「固茹で卵」の夢を見るか?
Entry TAG
宮崎あおい   池脇千鶴  
Comment
Trackback
Comment form
 管理者にだけ表示を許可する
Maps
PROFILE

gadget9007

Name:竹澤収穫



 邦画が中心の映画批評人。
物語そのものより、映画にお
ける「映像表現」の面白さを
重視しています。映画の採点
評価はしません。
 コメント、トラックバック
もお待ちしております。
●連絡先 →

COCO

ACCESS
最新記事一覧
『ユリゴコロ』 Oct 12, 2017
『スクランブル』Overdrive Oct 12, 2017
『散歩する侵略者』 Oct 12, 2017
『きみの声をとどけたい』 Sep 04, 2017
『世界は今日から君のもの』 Aug 31, 2017
『ベイビー・ドライバー』 Aug 30, 2017
『海辺の生と死』 Aug 30, 2017
『獣道』 Aug 24, 2017
『皆はこう呼んだ、鋼鉄ジーグ』 Aug 18, 2017
『ジンクス!!!』 Aug 14, 2017
全記事表示リンク
検索フォーム
ブログ内ランキング
ブログパーツ

Page Top