【映画批評 過去記事から】
のんちゃんのり弁■2009年/アメリカンビスタ/107分
■制作:キノフィルムズ
監督:緒方明
原作:入江喜和
脚本:緒方明、鈴木卓爾
撮影:笠松則通
照明:石田健司
フードスタイリスト:飯島奈美
編集:矢船陽介
音楽:Coba 
主題歌:スネオヘアー「ロデオ」
出演:小西真奈美、佐々木りお、村上淳
   岡田義徳、山口紗弥加  
   岸部一徳、倍賞美津子


※ストーリー展開に若干触れています

 ダメ亭主に愛想を尽かして東京下町の実家に出戻った永井
小巻と愛娘のんちゃん。就職活動がうまくいかず、先行き不
安だった小巻は、得意の弁当作りに活路を見出し、手作り弁
当の店を出すことを決意する…。

 娘のためにも自立しようと奮闘する主婦・小巻と、彼女を
とりまく人々との関係を、ユーモアと優しさを織り交ぜつつ
描く本作は、「食」を題材にしながらも(多少、レシピがア
ニメーションで説明されたりするが)、そこにはダイレクト
に焦点を合わせず、あくまで一人の女性の自立の物語に重点
が置かれている。
 キャリアも資格もない小巻に世間は厳しく、仕事の面接は
不採用続き。母や友人に小言を言われ、面接官から冷たくあ
しらわれ、はては苦労知らずのダメ亭主・範朋にまで揶揄さ
れる始末。彼女を取り巻く人たちの、それぞれの価値観・信
念・矜持からくる「言葉」、小巻はそれに拮抗する言葉を持
ちえず、反論するにも答えに窮する。
 そんな彼女の迷走と困惑と逡巡をクールに書き出す脚本は、
タイトルの柔らかいイメージとは対照的に、セリフの一つ一
つが、時に心に刺さるほどに鋭い、

 その一方で小巻は、初恋の同級生・建夫との十数年ぶりの
再会によって、落ち込みそうな心を癒され、互いに微妙な距
離感を取りながらも次第に惹かれあっていくのだが、そんな
大人の思惑などには無関係で屈託のない娘ののんちゃんは、
依然として、父・範朋と母・小巻の子のままであり、住む町
や環境が変わってもその「居場所」は少しも変わらない。
 物語は終始、その明るく元気に真っ直ぐ駆けていくのんち
ゃんと、そのまわりでジグザクに揺れながら歩き続ける小巻
というコントラストを映しながら進んで行く。
 確固たる「居場所」を持った人たちが暮らす下町の中で、
小巻の「居場所」は何処にあるのだろうか。
 
 毎朝、のんちゃんのために、ごく日常的に作っていたお弁
当作りは小巻の唯一の特技だったが、意外に周囲の大人たち
にも高評価を得たことから、小巻は一念発起して「手作り弁
当の店を持つ」という目標を掲げる。小料理屋の主人・戸谷
に弟子入り志願し、店を手伝いながら地道に準備を重ねてい
く小巻。
 しかし、戸谷は彼女に具体的に料理を指導するわけではな
く、ここでも映画は「師弟関係」や「料理修行」といったあ
りがちな作劇を排し、ひたすら「彼女自身の物語」に徹する。
 店を開業する目処もつかない小巻に、戸谷や建夫が援助の
手を差し伸べるが、彼女は意地を貫こうとする。そんな小巻
自身も「素直に泣けない」自分に、少なからず引け目を感じ
ている。恋も人生も、のり弁当ほどには美味く作れない。

 彼女の中で、積もりに積もっていた「言葉にならない感情」
は、「ある出来事」をきっかけに起こった小料理屋での範朋
との大喧嘩シーンで一気に炎上する。怒りの拳に「苛立ち」
や「苦しさ」を全部乗せて、我を忘れた彼女のパンチが容赦
なく範朋の顔面にヒットする。その豹変ぶりに唖然とする男
たちに紛れて、観客もまた息を呑み、ハラハラさせられてし
まう。
 喜怒哀楽の起伏に富んだ小巻というキャラクター、彼女が
抱える全ての感情を快活に演じる小西真奈美。元来極めてフ
ォトジェニックな女優である彼女は、画面に映っているだけ
でそこに何がしかのエモーションが立ち上がるのだが、本作
では全編にわたってその魅力が輝いている。

 ケンカが治まった後、事の成行き説明をすっぱり飛ばして、
なぜか主要人物が全員、家の食卓に付いているという意表を
突いたショットへのつなげ方、その前後のギャップが生み出
す可笑しさにも注目したい。笑いと感動とアクションという
映画的要素のひとつらなりが、この「食卓」のワンショット
で結実し、さらには小巻とのんちゃんを巡る人間関係、物語
上の諸問題を、この食事シーンの中で一気に整理してしまう
という、まさに「大団円」的な構成が素晴らしい。

…早朝、戸谷の小料理屋の店先を借りて、一人黙々と弁当を
仕込んでいる小巻。その姿にはもう、何の迷いも雑念も見え
ない。しんとした空気の中、心配でこっそり様子を見に来た
母がそっと置いて行った弁当の、あまりに「横着な中身」に
爆笑する小巻。そして弁当に敷き詰める海苔をピリピリと千
切りながら、不意に思い切り泣きじゃくる小巻。
 …小さな厨房の中で様々な感情が、一気に彼女の小さな身
体から解放され、昇華されてゆく。
 だが、一方でこの春から小学生となったのんちゃんを見送
りながら、その手からすり抜けて行く小さな手と、元気に駆
けて行く後ろ姿に、ふと一抹の寂しさとかすかな不安もおぼ
える。「お弁当」から「給食」へと、のんちゃんのお昼ごは
んが変わるように、ゆっくりと、しかし確実に時間が過ぎて
いく。いつまでも変わらないように見えた「人の居場所」も、
いつかは変わってしまうのではないか…。

 だが、すでに新たな第一歩を踏み出した彼女には、すぐに
笑顔が戻ってくる。今、私がいるこの「場所」は、他の誰の
ものでもない「私の場所」なのだから。そして、今までのん
ちゃんのために作っていたお弁当は、今日からは「わたしの
ためのお弁当」なのだ。      (2011/5/4 天動説)
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小西真奈美   村上淳   鈴木卓爾   2011鑑賞  
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Name:竹澤収穫



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