【映画批評 過去記事から】
海炭市叙景■2010年/アメリカンビスタ/152分
■制作プロダクション:ウィルコ
監督:熊切和嘉
脚本:宇治田隆史 原作:佐藤泰志
撮影:近藤龍人
照明:藤井勇
編集:堀善介
音楽:ジム・オルーク
出演:谷村美月、竹原ピストル、加瀬亮、三浦誠己
   山中崇、南果歩、小林薫


 北国の小さな街・海炭市の冬。造船所の大規模なリストラ
で職を失った颯太と妹の帆波、家業のガス屋を継いだものの
事業も家庭もうまくいかない晴夫。立ち退きを迫られている
老婆とその飼い猫、家庭不和に悩むプラネタリウム技師の比
嘉、息子と折り合いが悪い路面電車の運転手・達一郎とその
父に反発し街を離れた博…
 北海道函館市をモデルにした架空の地方都市・海炭市を舞
台に、そこに住む人々の5つのエピソードからなる群像劇。

 全編を実際の函館で撮影された本作は、企画から撮影、出
演に至るまで市民参加スタイルで作られたことで、通常の地
方ロケ映画とは違うリアリティ=生活感が画面の随所に発揮
されている。実際、いわゆる観光名所的な風景はほとんど出
てこないが、函館の街をよく知るものにとっては、街の空気
感、空や海の色、街の人の会話、市電(路面電車)やバスの
雰囲気など、まさに函館そのもの。ある意味ドキュメンタリ
的とも言える「地方都市のニュアンス」の獲得は、そのまま
「海炭市叙景」という作品そのもののリアリティにもつなが
っている。

 映画は、現実をそのまま切り取ったように、徹底的に客観
的でクールである。日常の出来事や複雑な感情の起伏を、い
たずらに扇情的にならずに、あたかも街の市電が「始点」と
「終点」を堅実に往復するように、ひたすら丹念に、淡々と
綴っていく。痛みは痛みとして、悲しみは悲しみとして。そ
こに余計なものは一切付加されない。兄と妹、夫婦、猫と飼
い主、父と息子、酒場の人々。それぞれの間に感情を絡めて
漂い、張り詰め、揺れて流れていく「空気」の質感と圧力。
 画面のフレームは、「そこ」に起こる事象すべてを、瞬き
もせずに見つめ続ける。その「強さ」が登場人物たちの、け
っして「精神的に」崩れ落ちることなく踏み止まる「強さ」
にも重なっていく。

 本作では本質的に誰もが等しく「物語の主人公」である。
 海炭ドックの人々、市役所職員、プラネタリウムの客、市
電の乗客、酒場の人々、ガス会社の従業員…断片的に登場す
る人物も、たまたま通り過ぎただけの人も。それぞれのエピ
ソードの主人公たちは、海炭市民であるということで、たま
たま焦点があてられたに過ぎない。
 平凡な毎日、繰り返される日常。その「普通の生活」の中
にある、それぞれのドラマ。それは第三者(観客)の安易な
感情移入=短絡的な怒りや哀れみを容易には受け付けない。
 誰が善いとか、悪いとかのレベルではなく、幸せか不幸せ
かの二択問題でもない。ただ彼等の切実なる「現実」だけが
そこに存在し、あらゆる想いはあの海炭市の海のように、だ
ぶだぶと重く揺れている。それ故に、同じ街、同じ季節、同
じ時間の中で、違う環境、違う人生、違う想いを抱く人たち
が、出会い、すれ違い、また離れていく、その一瞬一瞬に強
く心を揺さぶられるのだ。

 いくつかのエピソードを相互に微妙にダブらせながら、ス
トーリー終盤でそれらをトリッキーな手法で一気につないで
しまう鮮やかさは、それまでの語り口(構成)の巧さもあっ
てくやしいほど意表を突かれるが、それと同時にその一瞬、
登場人物たちの凝縮されたドラマと、それを巡って沸き上が
る様々な感情が一気に氷解したように胸に押し寄せてきて圧
倒されてしまう。市電と坂道をうまく使った立体的なレイア
ウト、無駄のないシャープな編集も素晴らしい。

 「叙景」とは、景色を絵や文章などに表すことを意味する。
 映画『海炭市叙景』はまさに街に暮らす人々の姿を、在り
のままに映像でスケッチする。しかしどのドラマにも、終始
明確な「答え」は誰にも何も提示されず、物語の特権として
の都合のいい「結末」も用意されない。それでも彼らには、
それぞれの寂しさを何とか凌いで、明日も「あの街」で生き
ていくことしかない。再び朝日が昇るのをじっと待ちながら。
 わたしたちはそれをただ見つめることしかできない。やは
り、あの朝日が昇るのをじっと待ちながら。

 あの夜景の一つ一つの灯りに「生活」があり、街ですれ違
う人それぞれに「人生」がある。そして今日もどこかの街角
で、誰かが「戻るべき場所」ヘ向かって歩き始めるのだ。
 海炭市は「わたしたち」のすぐ隣りに存在する街である。

(天動説:2010.12.26 シアターキノにて)



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