【映画批評 過去記事から】
ヘヴンズストーリー■2010年/アメリカンビスタ/カラー/278分
監督:瀬々敬久
脚本:佐藤有記
撮影:鍋島淳裕、斉藤幸一、花村也寸志
照明:福田裕佐
編集:今井俊裕
音楽:安川午朗
出演:寉岡萌希、長谷川朝晴、忍成修吾、村上淳
   山崎ハコ、菜葉菜、栗原堅一、江口のりこ
   吹越満、片岡礼子、菅田俊、光石研   
   本多叶奈、佐藤浩市、柄本明


両親と姉がトラブルに巻き込まれて殺害されたサト、見知ら
ぬ少年に妻と幼い娘を殺されたトモキ…平凡な人々に突然襲
い掛かる殺人事件をきっかけに、絡み合い、つながり合って
いく登場人物たちの復讐と再生の物語。

d(>_<  )Good!!(2010.12.12 シアターキノ)


【1】
 幼い頃、両親と姉を殺害されたサト。見知らぬ少年に妻と
娘を殺され、絶望と共に生きているトモキ、一人息子を育て
ながら、復讐代行を副業とする警官・海島、トモキに惹かれ
る孤独な少女・タエ、理由も動機も定かではない殺人を犯し
た青年・ミツオ、そして、そんな彼を養子に迎える病身の女
性・恭子…ひとつの事件が連鎖的に幾人もの人生にリンクし
その方向を大きく変えていく。

【2】
 全9章のエピソードによって描かれる、登場人物たちの10
年間にわたる物語は、螺旋状に複数のストーリーラインが絡
み合いながら展開していく。エピソードごとにサブタイトル
を付して短編映画のように淡々と語られる叙情詩的な映像の
ドラマが、少しずつ前後で交錯しながら連作画のようにひと
つにつながった時、それは壮大な叙事詩となって顕現する。
 そして、荒涼な空間にパノラミックに鎮座する「廃墟」の
住宅群が、圧倒的な静謐さで「絶望」と「希望」のイメージ
を乱反射させ、まるで「神話」の舞台のように主人公たちを
それぞれの「審判の時」へと誘っていく。

【3】
 「犯罪と贖罪」という普遍的でかなり重いテーマを果敢に
採り上げながらも、本作は社会的・思想的メッセージをやた
らと声高に主張したり、抽象的で難解な「芸術性」をことさ
らに気取るような映画ではない。「ジャンル映画」の構造を
明確に踏まえて、ある時は犯罪アクション、ある時はファン
タジー、そしてまたある時は青春ストーリーと、「映画」本
来の面白さを丸ごと叩き込みつつ、その上でなお究極的な真
理を紐解こうとする、映像と物語の「強度」が見事なまでに
拮抗した映画である。

【4】
 各章ごとのドラマは本質的に極めてシンプルで、それ故に
厚みがあって奥深い。各エピソードにおけるイメージにも幅
があり、意外性のあるメリハリの効いた順列構成によって、
4時間38分という長時間の物語を一時も退屈させない。
 また、「不条理殺人とその復讐劇の顛末」というメインス
トーリーにもかかわらず、刺激的な映像をオミットすること
で直截的な陰惨さもなく、それでいて映像自体はあたかもド
キュメンタリのような生々しさ・皮膚感覚を維持しながら、
真摯に「この世界」の切実な現実を切り取っていく。

【5】
 常に客観的であり続けるカメラは、それ故に人物の表層的
な表情だけでなく、俳優陣が「演じる」ことによって掘り起
こした意識・感情の内部に潜り込んで、それらの実体を画面
に焼き付ける。そして編集がその一部始終をギリギリまで粘
って切り繋ぎ、シークエンスの中に収めていく。
 剥き出しの感情の爆発、涙や嗚咽を越えて響く「魂」の奥
底からの叫び。「号泣」などというコトバを遥かに凌駕する
その圧倒的な迫力。これほど「心の痛み」の表出を克明に描
いた映画も、世に稀なのではないだろうか。

【6】
 物語の主要な舞台は、ほとんどが東北の地方都市とその周
辺である。海辺に面していて山間部もそう遠くはない郊外の
町。しかし自然あふれるそれらの風景の中においても、どこ
かに必ず人工的かつ無機質な「集合住宅」が映っているのが
特徴である。(前述の「廃墟群」とは、画的にも意味的にも
「ポジ/ネガ」の反転した関係にある)
 これはごく普通の人々の、様々な「生活=人生」という意
味であると同時に、この「世界」の有り様を象徴する精巧な
ミニチュアでもある。「平凡な日常」のすぐ隣にあって、い
つでも「すり替わる」ことが可能な「平凡な非日常」という
暗示。

【7】
 この「世界」は、一人一人の「個の世界」の集合体、無数
の「個」の総和で出来ている。それは「ガラスに映り込む」
ように、少しずつ重なり合いながら成立している。「世界」
は常に多様かつ複雑であり、それ故、そこには絶対の「神」
など存在し得ない。在るのは、ただ個々の「世界」の数に見
合うだけの、人の「意識」だけである。
 究極のところ「生と死」という根源的な法則で動いている
「世界」。「意識」はそれを様々に読み換え、それによって
思わぬ形に変容する。善意と悪意、愛憎・怨嗟・慈悲…そし
て望まれざる形で、幾つもの「罪」を生み出す。

【8】
 この物語の登場人物は、様々に変質したそれらの「意識」
が引き金となり、不意に「居場所を失くしてしまった人々」
である。彼らは帰るべき家を失くし、それまでの部屋を出て
「移動する」ことを余儀なくされる。これから何処へ行くの
か、何処へ行けばいいのか、すべての登場人物がそれを探し
求めている。「安住の地を探す」ことは「生きる」というこ
とであり、道を見失った闇の中で「負」の力を帯びてしまっ
た「意識」は、緩やかに破滅(あるいは「死」)ヘと向かう。
 人はその「破滅」という場所から抜け出さねばならない。
 今度は自らの「意思」として。

【9】
 この神無き「世界」で人が出来ることは、全ての「意識」
の存在を等しく見据えた上で、超越した視点から「世界」を
今一度見つめ直すことしかない。歪んだ「意識」の澱みの中
に飲み込まれてしまわぬように。「意識」が「法則」を再び
誤って読み解いてしまわぬように。その時「世界」は、限り
なく平穏な「天国のような場所」に見えてくるのではないだ
ろうか。灰色の廃墟を乗り越え、果てしなく広がる祝福の草
原へ。
 「世界」はいつも美しい。あとは「美しいものを見たい」
とただただ強く願うだけである。
 …10年後、再び「この町」で。
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